子に残すモノ

音楽を作りはじめた時、私は2人の子供のシングルマザーだった。
別段、音楽活動をしていたわけでは無いが
常に脳裏にあるのは「もし私に何かあったら」という万が一の想定である。
子供達が、私のように2歳前後から大人になった時までの記憶をはっきり持っている保証はない。
つまり、今私に何かあれば
子供達は、母親を知らずに育つこともありえる。
そんなことをよく考えていた。
そんなことを考えるたびに、胸が締め付けられた。

子育てをする上で
大切にしているものは各家庭、それぞれにあるだろう。
教育に熱心な家庭もあれば、人付き合いに熱心な家庭もある。名家ならその名に相応しい人材になるよう教育するのかもしれない。
だが、私は2人の子供たちに対して熱心な教育もママ友付き合いから発展する子供達同士の交流も残さないでいる。
よその家を批判するわけではないことをご理解いただきたいた上で先を読んでいただきたいのだが
私はどうしても、子供も親も「血のつながった他人」という認識である。
そのため、最低限のことを教えて、あとは子供達が人の道からそれず自由に進んでくれればいい。
勉強したいならすればいい。友達を作りたいなら動けばいい。
放任的な気はするが、必要最低限のことしか子供も受け取りきれないと思っている。

なら、その必要最低限のこととはなにか。
それは、シングルマザーになった時に
「もし私に何かあった時、子供たちに覚えておいて欲しいこと」という条件で考えたものである。
それは以下の通り。

・優しさを惜しまないで生きなさい
・人を信じなさい、愛しなさい
・偉くならなくていい、強くなりなさい
・何度でも立ち上がりなさい

この四つが、私が子供に日々教えていること。
たくさん、「もし私がいなくなった時に子供達に残せるもの」を考えた時
この四つに絞った。
書き起こしてみるとなんだかスパルタな気もするが
間違っていないはずだ。

世の中、不遇な生き方を強いられる人がたくさんいる。
もしかしたら、私がいなくなった後、子供達はさらに辛い出来事に出くわすかもしれない。
そんな時、親として、何か残してあげたい。残したもので背中を押してあげたい。
ならどうするべきか?
悩んだ。

でも、どう足掻いたって
子供達は子供たちの生き方がある。
そこに私が居ようが居まいが関係なく生きていく。
23歳のシングルマザーが、これからを生きる我が子に残せるものは、心の強さだけだと悟った。
だから日々、子供達がまだ言葉を話せずともいろんな話を聞かせながら、育ててきた。

その中で、個人的な趣味が増えて曲を作るようになった時
「私の作品は子供達に残せるものでもある」と不意に思った。
現に、私の親は訳あって3人居るが
母は画家、歌手として自身の作品をいまもこの世に生み続けていて
実父もまた、日本武道館に立つバンドのボーカルとして曲を生み出し続けている。
継父は町にあるたくさんの建築物の塗装をし続け、町にでれば継父の手がけたものがたくさんある。
一言で言えば複雑な親子関係ではあるが、私は3人の親のもとでそだったことは幸せなことだと思っている。
彼らが残しているものは、彼らの命がいつか潰えたとしてもこの世に残り続ける。
特に、実父とは過ごせる時間が無いに等しい。寂しい現実である。それでも、彼が残す歌、歌う姿は私の中で強く心を抱きしめてくれる愛情として父娘の時間を作り上げてくれる。

私も、そんな親になりたい。
実体がなくても、親を感じられる何かを子供達に残し続けたい。
教えたいことは四つだけ。でも、その四つさえ伝えられなくなったとき
私の代わりに私が作ったものが、子供たちを支えてくれるかもしれない。
そう思って、作曲する際、親から子供たちへ、そしてさらに先の世代を生きる者たちへ残す曲を、生み始めた。
人の想いは、形にして残すことができる。
何があっても、伝えたいことを、きちんと何かに込めて時間を超えて伝えることができる。
ならば、命ある限り想いを込めた何かを作り続けよう。

シングルマザーになった私が選んだのは
教えることと「想いをどんな時でも伝えられるように何かを作り続けること」だった。
わたしの書く言葉は全てが遺書であり願いなのである。

どこか生き急いでいるように見られるが
今の所はそれなりに健康。
どうして自分のいなくなった時のことをこんなに考えるのか?
それは、ひとり親になった時の覚悟なのか、あるいは生き急いでいる証なのか
私にもわからない。

最後に
我が子たちへ書き上げた詩を
ここに残して終わりにしよう。

すでに曲がついている。来年には、ライブや配信といった形で世に出るのだが
ここでは、私の人生の証の一つとして
詩のみを、記して終わりとする。


「TO YOU」

わざとらしく誰かを笑うことが
長いものに巻かれて過ごすことが
友達の作り方と思っちゃダメなの
優しさは何よりの武器と忘れないで

泣いてる人が居たなら手を伸ばして
例え共に痛みを分かち合うとしても
信じて心を砕くことになろうとも
恐れないまま真っ直ぐでありなさい

きっと恋もするでしょう
そして涙も流すでしょう
生きているからできるのです
生きているから温かいのです

今は幼い貴方がどうかどうか
愛を知って生きていきますように
愛を惜しまず生き抜きますように
遠くから願って見守ってるから
何があっても例え傷ついても
誇らしく貴方の力で歩みなさい
明日が不安で眠れない日も
悔しくて孤独になる夜でも
精一杯泣きなさい、そして朝が来たなら
立ち上がって前向いて負けないで

きっと挫折もするでしょう
そして涙も流すでしょう
生きているからできるのです
生きているから温かいのです

貴方を信じてる人がいること
貴方を愛してる人がいること
忘れないで
疑わないで
偉くならないでいいのです
強くなりなさい
行きなさい正しいと思う道へ

今は幼い貴方がどうかどうか
愛を知って生きていきますように
愛を惜しまず生き抜きますように
遠くから願って見守ってるから
何があっても例え傷ついても
誇らしく貴方の力で歩みなさい
明日が不安で眠れない日も
悔しくて孤独になる夜でも
精一杯泣きなさい、そして朝が来たなら
立ち上がって前向いて負けないで

分類不能の職業
投稿時の年齢:25
新潟
投稿日時:2025年12月20日
ドラマの時期:
2023年
12月
10日
文字数:2738

筆者紹介

何者かになりたい20代です。
二人の子供を育てています。

信じる心だけは失わないで生きていこう、その気持ちが何万回裏切られようとも、、、いつしか聞いた言葉を胸に息をしています。
そっと生きる中で出会った出来事を一つ一つ書いていきます。
それがいつかどこかでどなたかの役に立つことを願っています。

子に残すモノ

音楽を作りはじめた時、私は2人の子供のシングルマザーだった。
別段、音楽活動をしていたわけでは無いが
常に脳裏にあるのは「もし私に何かあったら」という万が一の想定である。
子供達が、私のように2歳前後から大人になった時までの記憶をはっきり持っている保証はない。
つまり、今私に何かあれば
子供達は、母親を知らずに育つこともありえる。
そんなことをよく考えていた。
そんなことを考えるたびに、胸が締め付けられた。

子育てをする上で
大切にしているものは各家庭、それぞれにあるだろう。
教育に熱心な家庭もあれば、人付き合いに熱心な家庭もある。名家ならその名に相応しい人材になるよう教育するのかもしれない。
だが、私は2人の子供たちに対して熱心な教育もママ友付き合いから発展する子供達同士の交流も残さないでいる。
よその家を批判するわけではないことをご理解いただきたいた上で先を読んでいただきたいのだが
私はどうしても、子供も親も「血のつながった他人」という認識である。
そのため、最低限のことを教えて、あとは子供達が人の道からそれず自由に進んでくれればいい。
勉強したいならすればいい。友達を作りたいなら動けばいい。
放任的な気はするが、必要最低限のことしか子供も受け取りきれないと思っている。

なら、その必要最低限のこととはなにか。
それは、シングルマザーになった時に
「もし私に何かあった時、子供たちに覚えておいて欲しいこと」という条件で考えたものである。
それは以下の通り。

・優しさを惜しまないで生きなさい
・人を信じなさい、愛しなさい
・偉くならなくていい、強くなりなさい
・何度でも立ち上がりなさい

この四つが、私が子供に日々教えていること。
たくさん、「もし私がいなくなった時に子供達に残せるもの」を考えた時
この四つに絞った。
書き起こしてみるとなんだかスパルタな気もするが
間違っていないはずだ。

世の中、不遇な生き方を強いられる人がたくさんいる。
もしかしたら、私がいなくなった後、子供達はさらに辛い出来事に出くわすかもしれない。
そんな時、親として、何か残してあげたい。残したもので背中を押してあげたい。
ならどうするべきか?
悩んだ。
でも、どう足掻いたって
子供達は子供たちの生き方がある。
そこに私が居ようが居まいが関係なく生きていく。
23歳のシングルマザーが、これからを生きる我が子に残せるものは、心の強さだけだと悟った。
だから日々、子供達がまだ言葉を話せずともいろんな話を聞かせながら、育ててきた。

その中で、個人的な趣味が増えて曲を作るようになった時
「私の作品は子供達に残せるものでもある」と不意に思った。
現に、私の親は訳あって3人居るが
母は画家、歌手として自身の作品をいまもこの世に生み続けていて
実父もまた、日本武道館に立つバンドのボーカルとして曲を生み出し続けている。
継父は町にあるたくさんの建築物の塗装をし続け、町にでれば継父の手がけたものがたくさんある。
一言で言えば複雑な親子関係ではあるが、私は3人の親のもとでそだったことは幸せなことだと思っている。
彼らが残しているものは、彼らの命がいつか潰えたとしてもこの世に残り続ける。
特に、実父とは過ごせる時間が無いに等しい。寂しい現実である。それでも、彼が残す歌、歌う姿は私の中で強く心を抱きしめてくれる愛情として父娘の時間を作り上げてくれる。

私も、そんな親になりたい。
実体がなくても、親を感じられる何かを子供達に残し続けたい。
教えたいことは四つだけ。でも、その四つさえ伝えられなくなったとき
私の代わりに私が作ったものが、子供たちを支えてくれるかもしれない。
そう思って、作曲する際、親から子供たちへ、そしてさらに先の世代を生きる者たちへ残す曲を、生み始めた。
人の想いは、形にして残すことができる。
何があっても、伝えたいことを、きちんと何かに込めて時間を超えて伝えることができる。
ならば、命ある限り想いを込めた何かを作り続けよう。

シングルマザーになった私が選んだのは
教えることと「想いをどんな時でも伝えられるように何かを作り続けること」だった。
わたしの書く言葉は全てが遺書であり願いなのである。

どこか生き急いでいるように見られるが
今の所はそれなりに健康。
どうして自分のいなくなった時のことをこんなに考えるのか?
それは、ひとり親になった時の覚悟なのか、あるいは生き急いでいる証なのか
私にもわからない。
最後に
我が子たちへ書き上げた詩を
ここに残して終わりにしよう。

すでに曲がついている。来年には、ライブや配信といった形で世に出るのだが
ここでは、私の人生の証の一つとして
詩のみを、記して終わりとする。


「TO YOU」

わざとらしく誰かを笑うことが
長いものに巻かれて過ごすことが
友達の作り方と思っちゃダメなの
優しさは何よりの武器と忘れないで

泣いてる人が居たなら手を伸ばして
例え共に痛みを分かち合うとしても
信じて心を砕くことになろうとも
恐れないまま真っ直ぐでありなさい

きっと恋もするでしょう
そして涙も流すでしょう
生きているからできるのです
生きているから温かいのです

今は幼い貴方がどうかどうか
愛を知って生きていきますように
愛を惜しまず生き抜きますように
遠くから願って見守ってるから
何があっても例え傷ついても
誇らしく貴方の力で歩みなさい
明日が不安で眠れない日も
悔しくて孤独になる夜でも
精一杯泣きなさい、そして朝が来たなら
立ち上がって前向いて負けないで

きっと挫折もするでしょう
そして涙も流すでしょう
生きているからできるのです
生きているから温かいのです

貴方を信じてる人がいること
貴方を愛してる人がいること
忘れないで
疑わないで
偉くならないでいいのです
強くなりなさい
行きなさい正しいと思う道へ

今は幼い貴方がどうかどうか
愛を知って生きていきますように
愛を惜しまず生き抜きますように
遠くから願って見守ってるから
何があっても例え傷ついても
誇らしく貴方の力で歩みなさい
明日が不安で眠れない日も
悔しくて孤独になる夜でも
精一杯泣きなさい、そして朝が来たなら
立ち上がって前向いて負けないで
分類不能の職業
投稿時の年齢:25
新潟
投稿日時:
2025年12月20日
ドラマの時期:
2023年
12月
10日
文字数:2738

筆者紹介

何者かになりたい20代です。
二人の子供を育てています。

信じる心だけは失わないで生きていこう、その気持ちが何万回裏切られようとも、、、いつしか聞いた言葉を胸に息をしています。
そっと生きる中で出会った出来事を一つ一つ書いていきます。
それがいつかどこかでどなたかの役に立つことを願っています。