憧れの店、憧れの人達
ハンドメイドは自然と趣味になってた。手先が器用だと言われる方で昔からビーズ遊びはおままごとより好きだった。
編み物、アクセサリー作りはお小遣いの範囲内で良くやっていたが
本当に趣味だった。ただの趣味だった。専門用語も知らないままやっていたし、金具も使い方なんて全く無知、出来上がったものは素人だと一目でわかるものばかりで数日経てばそれを見るのも嫌になる程度に酷い作品が多かったが作ること自体が好きだった。
人が手がけたものも好きである。
ハイブランドの名前がついてなくてもハンドメイド品はこの世に一つの立派なブランド品だ。
だから見るのも買うのも好きだった。アクセサリーにとどまらずブックカバーなども人が手作りしたものを買っている。
だが、よく聞く趣味の一つではあるものの
結局お金がかかる。
うまくできなければかけたお金さえドブに捨てるのと同じである。
そうなると、22歳のシングルマザーの立場に置かれた私にとって好きだったものが贅沢品になってしまった。
いつのまにか下手でも作るのが楽しい!とワクワクしながら素材を見ることもなくなり
マルシェなどに立ち寄ってみても一つ1000円以上がザラなハンドメイド品は手の出しようがない。
もう、おしゃれは百均で済ませよう。それも、息子や娘の入学式がある時などにとどめて。
そう思って趣味をやめた。
やめたはずなのに、25歳の私は現在
ハンドメイド品を商売の一つにしている。
こうなるまでにはいろんなことがあった。
今回は、そんなお話。
シングルマザーになりたての頃、とにかく必死だった。
頼れるサービスなどを片っ端から探した。
その時にたまたま見つけた韓国雑貨のお店は、のちに私のハンドメイド人生を切り開くきっかけとなってくれるお店となる。
余裕のない私がこのお店に釘付けになったのは、置かれている商品の安さだった。
さっきも書いたが、ハンドメイド品というのは一つ当たり千円以上が相場で、3千円近くのものでも驚くことがない世界。
しかし、ここのお店は安いもので100円から販売しているという驚愕の安さで営業しており
作られたものだけでなく、作る人のためのパーツも売られていた。
入っただけでわかる、「楽しいお店」には、おしゃれな店員さんがいて、カウンターから声をかけてくれる。
たまたま入園式が控えていた私は、このお店に行き、久しぶりにアクセサリーを買った。
予算を遥かに下回る金額と、いるだけで楽しい空間ののりこになり、常連になっていった。
最初は買うだけだった。
たくさんの商品に囲まれて、どれも綺麗で、心が動いた。
そこにいるだけで、幸せになってた。
ある日ふと見惚れていると
「作ってみる?」と店員のMさんが声をかけた。
この頃になると、行くたびにおしゃべりもするようになり、疲れたときにここにくると元気になる、私のパワースポットみたいな場所になってた。
お店も、店員さん達も、大好きになっていた。いや、憧れに近かったのかもしれない。
だから、作ってみる?の誘いに心が喜んだのを自分でわかっていつつ、すぐに返事ができないでいた。
失敗したらどうしよう。手間をかけさせてしまったらどうしよう。
そんな不安が、「やりたいです」の一言を喉元でとどめてしまう。
しかし明るさで人を包めるほど優しい店員さんSさんMさんの2人が、テキパキと
小さな金具などを手早く出して、基本的な作り方を教えてくれた後に、店内のパーツ商品からパーツを選んだ。
いわゆるワークショップのような体験をそこでさせてもらったのである。
SさんとMさんの指導のもと、綺麗なパーツをイヤリングに合わせてニッパーのようなものでくっつけた。
作業は単純だったが、この時初めて、アクセサリーをきちんと作った気がする。
過去になにかの見様見真似で作った酷い出来のものとは違う。立派な、個性的なデザインのイヤリングが誕生した。
嬉しかった。
彼女たちも出来栄えに共に喜んでくれた。
本当は、涙が出そうになるくらい、嬉しかった。
私の趣味が、一つ戻ってきたことが、嬉しかった。
そこからたくさんのノウハウを教えてもらった。
パーツの選び方や使い方をサラサラ教えてくださったお二人には今も頭が上がらない。
お二人のおかげで、私はまだ不安はあれど、作ることが好きな気持ちに一旦蓋をするのをやめた。
販売するために作る!という気持ちはなかったが
自分の好きなものを自分で作ろうという魂胆である。