実のおとん


昔から、自分の手のひらの形が家族の誰にも似てないというささやかな違和感があった。
弟と母は細長い指が特徴的で父は骨が太く爪も平ら。私はというとそのどちらにも似ていない手。
些細な違和感は、私にこびりついていた。

私の顔は母に似ているとよく言われる。母の高校生の時のアルバムを見ても私とよく似ていると思う。
ただ、どこか、私の目元は母と違う気がしていた。
だからと言って顔面凶器な父とも、似ていなかった。

幼い頃から母のライブによく連れて行ってもらった。
小さな会場から大きな会場まで、たくさんの音楽を聴かせてもらった。
とても楽しかったが行くたびに「お父さんもかっこいいよね」と言われることが不思議でならなかった。我が家の父は悪いがとてもじゃないけどかっこいいとは無縁である。亭主関白な、頑固者で、父をかっこいいという人はそうそういないと思う。
だが周囲の大人は、そんな父のことをかっこいいと褒める褒める。
疑問だっだがある大人の言った「ミュージシャンのお父さんとお母さんっていいねぇ!」の一言で、察した。
この人たちは家にいる父ではない、別の人間の話をして、その人間を私の父だと思っているのだ、と。

こんなことの積み重ねだから
自ずと気がつくものである。

私は、父ではない別の人間の子供だと。


初め全てに合点がいったのは、あるミュージシャンを母に紹介された時。
私がもう二十歳になろうというときに、何か困ったことがあればこの人のことも頼る人の視野に入れるようにと母からある歌手を紹介されたのだった。
その人は、よくテレビにいる人で
よく、名前を聞く人だった。
そして、よく、私に似ている男だった。
初めて話をしたその日、誰にも言わなかったがそっと納得していた。
「この人だ、私の本当のお父さんは」と。
好みや癖、考え方はもちろんのこと、ずっと疑問でしかたなかった誰にも似てない手の形は彼と同じ手だったし、目元がわたしとおんなじ顔をしている彼に対してもう疑う余地がなかった。

育ての父は、どうしても合わなくて、今でさえ良い「親子」かと言われたらそうではない。大人同士が集まるような、建前が存在する関係でしかない。
しかし、本当の父は、時を長く過ごしていなくてもわかることが沢山ある。建前がいらない、探していた「父親」そのものだった。

お父さん。
そう呼ぶと、どこか安心できる、そんな人だった。
呼ぶだけで安心できるほど
彼が、遠くから私の存在をずっと見守っていてくれたのだろう。
慈愛に溢れるその人との話は、「やっと会えた」と、知らなかったはずの存在に安堵できた。

後から母に、聞いたところ
私は彼の子供で間違いなかった。
紛らわしいので、実父にあたるその人を、私はおとん、と呼ぶことにした。
今に至るまでの事情は深く複雑で、この記事に書き記しきれないけれど
何がどうあったって今は何も変わらない。
本心で言えば、実の父のもとで育ち、変な亭主関白な親父のいる家じゃない、もう少し平和な家で育ったならと思わないこともないが

母に、初めて真実を聞いた日から今も、私が思うことは何らかわらない。
私に実の父を紹介してくれた母は複雑な気持ちだったに違いない。それでも、親子を再び引き合わせてくれて、ありがとう。
そして、私を育ててくれてありがとう。話してくれてありがとう。
その気持ちしか、私は母に残らなかった。
きっとそれは、私自身が、すでに母になり
子を育てた後に関係が壊れるかもしれない話をする勇気について考えた時、軽はずみな想像はできなかったからなのもあるとおもう。
1人の母親として、自身の母に感謝することができた。
そんな私に母は感謝していたが、こう考えられるように育てたのも、また母である。


世界には、いろんな親子の形がある。
血のつながらない親子も、繋がっている親子もいる。
血が全てではない。
子を想う親と、親を想う子が揃えばそれはもう、本物の親子なのだ。
今回はたまたま、血のつながった親子が、本物の親子になれたが
私の子供と旦那は血が繋がっていなくても本当に互いを大切に思っていることが伝わってくる本物の親子である。
思いが、全て真実なのだと、私は思う。
人生何があるかわからないとはいうが、自分の人生に父親が2人もいるとは稀有な今世だ。
それが不幸だとは思わない。
親子とはなんだろうと、学べたことに感謝さえある。

父に関しての話は沢山あるが
今回は大まかに、実の父の話をしておきたかった。

大物ミュージシャンでも、私にとっては
おとん、な、その人の話を
これから書き綴るために。

なぁ、おとん。
ありがとうね。
ずっと、忘れないでくれて。
本当に。

ありがとうな。

分類不能の職業
投稿時の年齢:25
新潟
投稿日時:2026年01月25日
ドラマの時期:
2000年
--月
--日
文字数:2032

筆者紹介

何者かになりたい20代です。
二人の子供を育てています。

信じる心だけは失わないで生きていこう、その気持ちが何万回裏切られようとも、、、いつしか聞いた言葉を胸に息をしています。
そっと生きる中で出会った出来事を一つ一つ書いていきます。
それがいつかどこかでどなたかの役に立つことを願っています。

実のおとん


昔から、自分の手のひらの形が家族の誰にも似てないというささやかな違和感があった。
弟と母は細長い指が特徴的で父は骨が太く爪も平ら。私はというとそのどちらにも似ていない手。
些細な違和感は、私にこびりついていた。

私の顔は母に似ているとよく言われる。母の高校生の時のアルバムを見ても私とよく似ていると思う。
ただ、どこか、私の目元は母と違う気がしていた。
だからと言って顔面凶器な父とも、似ていなかった。

幼い頃から母のライブによく連れて行ってもらった。
小さな会場から大きな会場まで、たくさんの音楽を聴かせてもらった。
とても楽しかったが行くたびに「お父さんもかっこいいよね」と言われることが不思議でならなかった。我が家の父は悪いがとてもじゃないけどかっこいいとは無縁である。亭主関白な、頑固者で、父をかっこいいという人はそうそういないと思う。
だが周囲の大人は、そんな父のことをかっこいいと褒める褒める。
疑問だっだがある大人の言った「ミュージシャンのお父さんとお母さんっていいねぇ!」の一言で、察した。
この人たちは家にいる父ではない、別の人間の話をして、その人間を私の父だと思っているのだ、と。

こんなことの積み重ねだから
自ずと気がつくものである。

私は、父ではない別の人間の子供だと。

初め全てに合点がいったのは、あるミュージシャンを母に紹介された時。
私がもう二十歳になろうというときに、何か困ったことがあればこの人のことも頼る人の視野に入れるようにと母からある歌手を紹介されたのだった。
その人は、よくテレビにいる人で
よく、名前を聞く人だった。
そして、よく、私に似ている男だった。
初めて話をしたその日、誰にも言わなかったがそっと納得していた。
「この人だ、私の本当のお父さんは」と。
好みや癖、考え方はもちろんのこと、ずっと疑問でしかたなかった誰にも似てない手の形は彼と同じ手だったし、目元がわたしとおんなじ顔をしている彼に対してもう疑う余地がなかった。

育ての父は、どうしても合わなくて、今でさえ良い「親子」かと言われたらそうではない。大人同士が集まるような、建前が存在する関係でしかない。
しかし、本当の父は、時を長く過ごしていなくてもわかることが沢山ある。建前がいらない、探していた「父親」そのものだった。

お父さん。
そう呼ぶと、どこか安心できる、そんな人だった。
呼ぶだけで安心できるほど
彼が、遠くから私の存在をずっと見守っていてくれたのだろう。
慈愛に溢れるその人との話は、「やっと会えた」と、知らなかったはずの存在に安堵できた。

後から母に、聞いたところ
私は彼の子供で間違いなかった。
紛らわしいので、実父にあたるその人を、私はおとん、と呼ぶことにした。
今に至るまでの事情は深く複雑で、この記事に書き記しきれないけれど
何がどうあったって今は何も変わらない。
本心で言えば、実の父のもとで育ち、変な亭主関白な親父のいる家じゃない、もう少し平和な家で育ったならと思わないこともないが
母に、初めて真実を聞いた日から今も、私が思うことは何らかわらない。
私に実の父を紹介してくれた母は複雑な気持ちだったに違いない。それでも、親子を再び引き合わせてくれて、ありがとう。
そして、私を育ててくれてありがとう。話してくれてありがとう。
その気持ちしか、私は母に残らなかった。
きっとそれは、私自身が、すでに母になり
子を育てた後に関係が壊れるかもしれない話をする勇気について考えた時、軽はずみな想像はできなかったからなのもあるとおもう。
1人の母親として、自身の母に感謝することができた。
そんな私に母は感謝していたが、こう考えられるように育てたのも、また母である。


世界には、いろんな親子の形がある。
血のつながらない親子も、繋がっている親子もいる。
血が全てではない。
子を想う親と、親を想う子が揃えばそれはもう、本物の親子なのだ。
今回はたまたま、血のつながった親子が、本物の親子になれたが
私の子供と旦那は血が繋がっていなくても本当に互いを大切に思っていることが伝わってくる本物の親子である。
思いが、全て真実なのだと、私は思う。
人生何があるかわからないとはいうが、自分の人生に父親が2人もいるとは稀有な今世だ。
それが不幸だとは思わない。
親子とはなんだろうと、学べたことに感謝さえある。

父に関しての話は沢山あるが
今回は大まかに、実の父の話をしておきたかった。

大物ミュージシャンでも、私にとっては
おとん、な、その人の話を
これから書き綴るために。

なぁ、おとん。
ありがとうね。
ずっと、忘れないでくれて。
本当に。

ありがとうな。
分類不能の職業
投稿時の年齢:25
新潟
投稿日時:
2026年01月25日
ドラマの時期:
2000年
--月
--日
文字数:2032

筆者紹介

何者かになりたい20代です。
二人の子供を育てています。

信じる心だけは失わないで生きていこう、その気持ちが何万回裏切られようとも、、、いつしか聞いた言葉を胸に息をしています。
そっと生きる中で出会った出来事を一つ一つ書いていきます。
それがいつかどこかでどなたかの役に立つことを願っています。