実家への想い
私は不動産の仕事をしています。
家を売って欲しいという依頼を受け、提案をするのが仕事ですが、売主様に必ずする質問があります。
「この家を売ることには、御家族は賛成されていますか?」
所有者が売ると決めていれば売ることができるのが不動産。しかし私はあえてこの質問をするようにしています。
それは、私が不動産の仕事を始めて最初の頃に経験した、忘れられない経験があるからです。
不動産を始めてすぐに、実家を売って欲しいという相談をいただく機会がありました。
依頼者は成人した息子様がお二人。産まれてた時からずっとこの家に住んでいたが、もう子育てが終わったので夫婦で小さいマンションに引越ししたいという依頼でした。
家を確認し査定額の提案を行い、家の販売をスタート。立地が良かったということもありすぐに買い手は見つかりました。
購入者の資金も用意でき、順調に契約は完了。売主様が「そろそろ引越しの準備をしないとね」と言っていた時。思いもよらぬことが起きました。
息子様お二人が、とてもお怒りになって家に来られました。
「なんでこの家を売ったんだ!」
家の残置物確認を売主様と行っていた時に息子様が来られ、そう仰っていました。
もうこんな大きな家は必要ないこと、小さなマンションに住んだ方が都合が良いことを売主様は説明されていましたが、息子様達は御納得いかない御様子。
暫く沈黙の時間が続いたあと、息子様の一人が言いました。
「俺たちにとっては大事な実家だったんですよ。」
私はこの瞬間、自分の実家を思い出しました。
もし自分の実家がなくなり、御両親が新しい場所に住んだとして、そこは私にとっての実家になるのだろうか。「両親がいる場所が実家」という考え方もありますが、そんな簡単に割り切れるものではありません。
何故なら、思い出は全て「その家」にあるからです。
私は売主様の御要望に応えるということには成功しましたが、売主様の御家族全員を幸せにする提案という意味では、大失敗をしていました。
その後、契約通りに家は売却。後味の悪さを感じながらも、御夫婦はマンションを購入し引越しをされました。
私は今でも不動産売却の仕事をしていますが、家の売却依頼の度にあのエピソードを思い出します。そして、今では依頼がある度に「御家族や御親戚はどう思っているのか」を細かく聞くようにしています。それと同時に、「この家に関する思い出」についても。
家を手放すということは、思い出が詰まった場所が一つなくなり、新しい思い出が生まれるということです。
「売って良かったね!」「いい家が買えた!」
私の仕事がこんな言葉で締めくくられるよう、今日も御客様の御依頼に応えていきたいと思います。
色々なものに興味があり、取組みたいと思う性格です。
実家への想い