兄弟ガチャ(その1)

 最近よく耳にする言葉に親ガチャがある。親ガチャがあるなら兄弟ガチャもあるのだろう。今日は、私の弟の話をせねばならない。私にとって気持ちの良い記憶ではないが、これも私の人生であり、残しておかねばならない1ページだと思う。
 私には2歳年下の弟がいる。小さい頃は体が弱く、学校は休みがちであったが、頭はよかった。私が並みなら弟は極上の頭といっていいだろう。現在は68歳になっているはずだ。

 ある晩、携帯に電話がかかってきた。弟からだった。久しぶりの挨拶やら近況報告が一通り済み、さて何の話かと問いただしてみると、「実は…」と声が真顔になった。
「金が要る。借金があって、払わないと今晩のうちにも取り立てに来られるかもしれない。」
「いったい何の金なのだ。どうして借金までしなければならなくなったのか。」
「それはいえない。」
「いくらなんだ。」
「250。もしかしたらそっちにも取り立てに行くかもしれない。」
「至急振り込んでくれ。口座はメールで送る。」
ここでいったん電話は切られた。
 頭の中ではぐるぐると250という数字が渦巻いていた。払えない数字ではない。それで取り立てが免れるのであれば…。もし、私のところに取り立てに来られたら、どうしよう。それより、きれいさっぱりと払った方がいいのではないか。そんな気持ちも頭をよぎった。暗い部屋で私の声だけが響いている。暗闇に包まれて一層不安が増していく。だが、待てよ。これですべてなのか?もしかしたら他にももっと借金があるかもしれない。どうするべきか、判断に迷った。
 私の先輩に弁護士がいた。その男に夜中にもかかわらず電話をかけ、相談に乗ってもらった。
「明日、弟さんを連れてきなさい。弁護士が取り立ての現場に直接行くことはない。弁護士が入っているとわかれば、取り立てはやむ。」
 早速弟に電話を掛け、弁護士の言葉をそのまま伝えた。すると、意外な言葉が返ってきた。
「自己破産させられる。それで一生が終わってしまう。任意整理ならまだ何とかなる。どうして弁護士に相談したんだ!」
 取り立てを免れるようにと相談したのに、逆切れされて面くらったが、「とにかく、明日8時に駅で待っている。必ず来るように。」と伝えて電話を切った。

 次の日、いくら待っても弟は来なかった。電話をかけても何の反応もない。もしかしたら取り立てに遭ったのではないか。行って確かめようか。いやいや鉢合わせするのは嫌だ。弟からの連絡があるまで待つことにした。結局、弟からの連絡はなかった。後でわかったことだが、ギャンブルの負けが込んでその返済に追われているようだった。
 兄弟は選ぶことができない。幸せにしてくれることもあれば不幸のどん底に陥れられる場合もある。私は弟に詐欺まがいの手口で250を振り込まされるところだった。一番近しい人間に騙されかけて、深い悲しみと嫌悪感が私を包んでいた。

専門的・技術的職業従事者
投稿時の年齢:69
奈良
投稿日時:2022年09月10日
ドラマの時期:
1997年
10月
--日
文字数:1217

筆者紹介

シニアとよばれる年代に差し掛かったのだと、自分でも驚いています。知らない間に年を重ねて今に至ったのだけれど、何もしてこなかったとの感が強く私の心を突き上げます。
チャレンジするのが好きで、また人と比べられるのが大嫌い。自分の宝物を持ちたい。そんな思いでこのサイトを訪れました。心に残るエポックを残せるように、記憶をたどりながら、また、読み応えのあるものを残していきたいと考えています。

兄弟ガチャ(その1)

 最近よく耳にする言葉に親ガチャがある。親ガチャがあるなら兄弟ガチャもあるのだろう。今日は、私の弟の話をせねばならない。私にとって気持ちの良い記憶ではないが、これも私の人生であり、残しておかねばならない1ページだと思う。
 私には2歳年下の弟がいる。小さい頃は体が弱く、学校は休みがちであったが、頭はよかった。私が並みなら弟は極上の頭といっていいだろう。現在は68歳になっているはずだ。
 ある晩、携帯に電話がかかってきた。弟からだった。久しぶりの挨拶やら近況報告が一通り済み、さて何の話かと問いただしてみると、「実は…」と声が真顔になった。
「金が要る。借金があって、払わないと今晩のうちにも取り立てに来られるかもしれない。」
「いったい何の金なのだ。どうして借金までしなければならなくなったのか。」
「それはいえない。」
「いくらなんだ。」
「250。もしかしたらそっちにも取り立てに行くかもしれない。」
「至急振り込んでくれ。口座はメールで送る。」
ここでいったん電話は切られた。
 頭の中ではぐるぐると250という数字が渦巻いていた。払えない数字ではない。それで取り立てが免れるのであれば…。もし、私のところに取り立てに来られたら、どうしよう。それより、きれいさっぱりと払った方がいいのではないか。そんな気持ちも頭をよぎった。暗い部屋で私の声だけが響いている。暗闇に包まれて一層不安が増していく。だが、待てよ。これですべてなのか?もしかしたら他にももっと借金があるかもしれない。どうするべきか、判断に迷った。
 私の先輩に弁護士がいた。その男に夜中にもかかわらず電話をかけ、相談に乗ってもらった。
「明日、弟さんを連れてきなさい。弁護士が取り立ての現場に直接行くことはない。弁護士が入っているとわかれば、取り立てはやむ。」
 早速弟に電話を掛け、弁護士の言葉をそのまま伝えた。すると、意外な言葉が返ってきた。
「自己破産させられる。それで一生が終わってしまう。任意整理ならまだ何とかなる。どうして弁護士に相談したんだ!」
 取り立てを免れるようにと相談したのに、逆切れされて面くらったが、「とにかく、明日8時に駅で待っている。必ず来るように。」と伝えて電話を切った。
 次の日、いくら待っても弟は来なかった。電話をかけても何の反応もない。もしかしたら取り立てに遭ったのではないか。行って確かめようか。いやいや鉢合わせするのは嫌だ。弟からの連絡があるまで待つことにした。結局、弟からの連絡はなかった。後でわかったことだが、ギャンブルの負けが込んでその返済に追われているようだった。
 兄弟は選ぶことができない。幸せにしてくれることもあれば不幸のどん底に陥れられる場合もある。私は弟に詐欺まがいの手口で250を振り込まされるところだった。一番近しい人間に騙されかけて、深い悲しみと嫌悪感が私を包んでいた。
専門的・技術的職業従事者
投稿時の年齢:69
奈良
投稿日時:
2022年09月10日
ドラマの時期:
1997年
10月
--日
文字数:1217

筆者紹介

シニアとよばれる年代に差し掛かったのだと、自分でも驚いています。知らない間に年を重ねて今に至ったのだけれど、何もしてこなかったとの感が強く私の心を突き上げます。
チャレンジするのが好きで、また人と比べられるのが大嫌い。自分の宝物を持ちたい。そんな思いでこのサイトを訪れました。心に残るエポックを残せるように、記憶をたどりながら、また、読み応えのあるものを残していきたいと考えています。