美味しいは心のバロメーター
私は大学卒業後、ある会社に入社し社会人としてのスタートを切った。日系の古くからある企業。保守的な文化で、新卒から勤め上げたお堅い上司にペコペコする毎日だった。
さらに慢性的な人手不足で、いつも業務に追われていた。そんな環境下で、入社2ヶ月目あたりから既に疲弊していた。会社に行く時も帰宅時も、翌日のことを考えて憂鬱になるという日々だった。
そんな毎日だったので、昼休みの自由時間は私のホッとできるひと時だった。せっかくのランチタイムに会社の人に会うのが嫌だったので、会社から離れた場所に行き1人で過ごすのが唯一の楽しみだった。
会社から徒歩で10分ほどの場所に、コリアンタウンがあった。ここまで来る社員はなかなかいない。私は昼休みの度に、コリアンタウンに来てのんびりするのが好きだった。
そのコリアンタウンには、絶品のソルロンタンスープを出すお店があった。従業員は全員韓国人。メニューも、そのスープセットしかないというお店だった。
ソルロンタンとは、牛の骨や肉をじっくり煮込んだスープのことである。何時間もかけて煮込むため、スープが真っ白なのだ。注文すると、ソルロンタンスープとキムチやナムル、そして山盛りのご飯が一気に出てくる。本場スタイルの盛り盛り定食である。
毎日の仕事のストレスで心身共に疲弊していた私は、そのスープによって生き延びていたと言えるだろう。
その後いよいよ体を壊してしまい、会社を休職・退職した。今振り返ると、よく踏ん張っていたなと思う。そしてたっぷりの休養期間を経て、心も体も充電され元気になった。
ある日突然、あのソルロンタンスープが恋しくなった。「久々に行ってみたいな。」そう思い、約2年ぶりにお店に行ってみた。
お店の雰囲気は、あの頃から全く変わっていなかった。従業員もいつものメンバーで、韓国語でお喋りしている。注文後、すぐにどんどんおかずが運ばれてくる光景が懐かしく思えた。
久々にスープを一口飲んだ瞬間、体に電気が走るほどの衝撃を受けた。
あり得ないぐらい美味しいのだ。牛のエキスがたっぷり染み込んだスープは、いくらご飯があっても足りない。その後、無我夢中で食べてすぐに完食してしまった。
「なぜあんなに美味しかったのだろう。」と少しの間考えてみた。私は一つの答えにたどり着いた。
スープを食べる私の心身が、美味しいと感じられる状態になったということに。
どんなに美味しいものでも、それを食べる人の心の余裕や、心身の健康状態によって味は変わるのだ。つまり、「美味しいは心のバロメーター」だったのだ。
これからの将来、色んなことが待っているだろう。しかし食べ物を美味しいと感じられなくなるまで、無理をしてはいけないと思った。美味しいと感じられることは、心身が健康である証だからだ。
東京都在住の25歳女性です。教育熱心な親の下で育ちました。上へ上へという思考で高校・大学と進み社会に出ましたが、体を壊したことをきっかけに自分の価値観を見直すようになりました。今では「無理をしない・楽しく生きる」をモットーに、カフェでのんびり働いています。
趣味は愛犬の世話・サイクリングです。
美味しいは心のバロメーター