二本の線に感じた『芸術とは』

とても印象に残っている、美術の先生の言葉があります。高校一年生になって、書道、音楽、美術という選択科目の中から美術をとりました。特に興味関心があったわけではないのですが、正直なところ、音楽は小・中の経験から課題曲を楽器で演奏する練習をしなければならないのが面倒くさそうだし、書道は字が下手糞なので敬遠したかったし、そこへいくと美術は授業中の作業だけで収まるし、わりとデッサンは得意だったし、絵画を観るのは嫌いじゃないし、消去法的にも能動的選択としても、“まずまず”な判断だったと思います。

まだ中二病が抜けきらず、斜に構えたクール風情を気取りたい年頃の自分でしたが、実は『高校の美術って、どんなことをするんだろう』と、少しの期待があったように思います。美術担当の先生は、背はあまり高くはないけれどガッシリした体躯で、肩の少し上くらいまでに伸びたワンレンの髪形がいかにも“芸術家”を思わせる風貌でした。そこにワイルドな物言いと所作があいまって、歴史資料館で観た竪穴式住居に住む縄文時代の日本人が生きていたらきっとこんな風だろうなんてことを思わされるのですが、その中身は気さくで豪放磊落という語がぴったりな先生でした。最初の授業で、開口一番、『よし、みんな、立ち上がれ。そしてこうグっと腰を落として、思い切り両手のひらを天に向かって突き上げてみろ』。これは“天突き体操と”いうもので、何度か繰り返すと心と体を開放される秘技だということでした。見た目カッコわるいのですが、やってみるとなかなかの効果があり、今でもデスク作業の合間に行うと心身ともにスッキリします。そうして何度か全員で天を突いた後に、一同着席しまして、いよいよ先生がゆっくりと美術の授業について語り始めました。

『まず、芸術とは』そう言いながら黒板に向い、大きな定規を使って、黒板にサッと一本の線を引きました。長さにして1メートルくらいだったでしょうか。そして、その30センチ位下のほうに、チョークが崩れそうになるくらいの圧をかけゴリゴリと音を立てさせながら、フリーハンドでゆっくりと同じくらいの長さの線を描きました。私たちのほうに振り返りその二本の線についてこう仰いました。『上は紛れもない直線だ。下は直線とはいえないが、如何に直線を感じさせる線を描くか、芸術ってのは、そんなことだ』。それまでは特になんとはなしに触れていたのですが、この先生の一言には妙なリアリティーと説得力があって芸術に興味を持った瞬間だったと思います。

分類不能の職業
投稿時の年齢:54
千葉
投稿日時:2023年01月27日
ドラマの時期:
1974年
4月
--日
文字数:1040

筆者紹介

思い出は、単なるノスタルジーではなく、これからの未来に向かって放たんとする矢をより正確に、より遠くに飛ばすために、深く、大きく、そして力強く轢くことで得られる、弓の力のようなもの。

二本の線に感じた『芸術とは』

とても印象に残っている、美術の先生の言葉があります。高校一年生になって、書道、音楽、美術という選択科目の中から美術をとりました。特に興味関心があったわけではないのですが、正直なところ、音楽は小・中の経験から課題曲を楽器で演奏する練習をしなければならないのが面倒くさそうだし、書道は字が下手糞なので敬遠したかったし、そこへいくと美術は授業中の作業だけで収まるし、わりとデッサンは得意だったし、絵画を観るのは嫌いじゃないし、消去法的にも能動的選択としても、“まずまず”な判断だったと思います。
まだ中二病が抜けきらず、斜に構えたクール風情を気取りたい年頃の自分でしたが、実は『高校の美術って、どんなことをするんだろう』と、少しの期待があったように思います。美術担当の先生は、背はあまり高くはないけれどガッシリした体躯で、肩の少し上くらいまでに伸びたワンレンの髪形がいかにも“芸術家”を思わせる風貌でした。そこにワイルドな物言いと所作があいまって、歴史資料館で観た竪穴式住居に住む縄文時代の日本人が生きていたらきっとこんな風だろうなんてことを思わされるのですが、その中身は気さくで豪放磊落という語がぴったりな先生でした。最初の授業で、開口一番、『よし、みんな、立ち上がれ。そしてこうグっと腰を落として、思い切り両手のひらを天に向かって突き上げてみろ』。これは“天突き体操と”いうもので、何度か繰り返すと心と体を開放される秘技だということでした。見た目カッコわるいのですが、やってみるとなかなかの効果があり、今でもデスク作業の合間に行うと心身ともにスッキリします。そうして何度か全員で天を突いた後に、一同着席しまして、いよいよ先生がゆっくりと美術の授業について語り始めました。
『まず、芸術とは』そう言いながら黒板に向い、大きな定規を使って、黒板にサッと一本の線を引きました。長さにして1メートルくらいだったでしょうか。そして、その30センチ位下のほうに、チョークが崩れそうになるくらいの圧をかけゴリゴリと音を立てさせながら、フリーハンドでゆっくりと同じくらいの長さの線を描きました。私たちのほうに振り返りその二本の線についてこう仰いました。『上は紛れもない直線だ。下は直線とはいえないが、如何に直線を感じさせる線を描くか、芸術ってのは、そんなことだ』。それまでは特になんとはなしに触れていたのですが、この先生の一言には妙なリアリティーと説得力があって芸術に興味を持った瞬間だったと思います。
分類不能の職業
投稿時の年齢:54
千葉
投稿日時:
2023年01月27日
ドラマの時期:
1974年
4月
--日
文字数:1040

筆者紹介

思い出は、単なるノスタルジーではなく、これからの未来に向かって放たんとする矢をより正確に、より遠くに飛ばすために、深く、大きく、そして力強く轢くことで得られる、弓の力のようなもの。