『何を隠そう、その人こそは…』
時は1984年11月、場所はハワイのマウイ島です。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの某求人紙が、時の人気スポーツである”ウィンドサーフィン”をテーマにしたプロモーションビデオを製作するということで、某広告代理店のスタッフ3人と、求人紙の担当2名と、わたしという、総勢6名で撮影に臨みました。マウイには”Hookipa”という、数多くのビッグイベントが開催される、ウィンドサーフィン界のメッカとされる有名ポイントがあります。わたしは現地コーディネーター兼通訳兼現地でのプロ選手調達係など、要は雑用係ということで、当時勤めていた会社から大役を仰せつかりました。
若くして既にレジェンド級プロウィンドサーファーだった二人の知人のツテで、有名どころのライダーを雇い、順調に撮影は進みました。気をよくしたスタッフ6名が、昼食を摂る場所に選んだのがとある有名レストラン。食事を終えて、しばし談笑中のところに、少し離れた席からビール片手にやってきたのが、水中写真家のダン・マーケルでした。
彼は売りだし中のライダー4人とともに『ループ』という技にフォーカスした作品の撮影中で、ライダー4人を連れて昼飯を振舞っていたのでした。ビンビール片手の少々出来上がりぎみのおっさんが『こいつ、エアブラシで絵を描くんだが、日本でどうにかしてやってくれ』って言ってきたわけです。まったくの初対面です。
エアブラシでイルカや海の絵を描いているアーティスト兼サーファーがいるのは、サーファーマガジンの中の広告などで目にして知っていなかったわけではありませんでしたし、ダン・マーケルといえば一流どころのカメラマンですから、知らないはずはありません。ただ私の目には、その様子がなんとも胡散臭く映ったのです。
テーブルにはほかのスタッフやスポンサーもおりましたので、つい『ハイハイ、考えときますね~』のように、いい加減にあしらってしいました。そして、撮影を終え、彼の話などすっかり忘れて、日本に帰りまして、そんな出来事を思い出すこともなく数年が過ぎました。
思わぬ人と、思わぬ状況で、偶然に出会ったとき、果たして人は適切な対応ができるものでしょうか。
まさか、あのときの、あのこ汚い(失敬!)ライダーが、あのクリス・ラッセンだったと知るときが来ようとは、誰が想像できたでしょうか。
私は、どうもそういう状況を上手に切り抜けたり、将来のために活かすことができるように上手に立ち回って関係性を繋げたりといったことが苦手なようです。なにより面倒くさがりはいけませんね。
今思えば、あれはそういうことの典型であり、わが人生の中で最大級の後悔となりました。人との出会いには出来るだけ注意を払って、丁寧な対応を心がけるようになったきっかけとなった出来事はこんな風にして起こりました。
思い出は、単なるノスタルジーではなく、これからの未来に向かって放たんとする矢をより正確に、より遠くに飛ばすために、深く、大きく、そして力強く轢くことで得られる、弓の力のようなもの。
『何を隠そう、その人こそは…』