普通に生活するということ
3月になると、ふと思い出す。
「今年は桜を見ることができそうだな・・・」
わりと最近の話ではあるが、私には自宅で過ごせなかった春がある。
それは、次男を妊娠中のこと。いつものように妊婦健診へ行くと、先生から思わぬことを言われた。
「今から歩かないでください!すぐに入院してもらいます。」
このとき私は妊娠8カ月。何が起こったのか分からず、同席していた夫と無言のまま目を合わせた。
先生の話によると、予定日まで2カ月以上あるにも関わらず15分おきに軽い陣痛が来ているとのこと。
確かに少しお腹が張っている気はしたが、先生の言葉はまさに青天の霹靂であった。
そしてこの日から地獄の入院生活が始まった。
歩かないでとまで言われた私は、もちろん荷物を取りに自宅へ帰ることは許されない。
頭の中は大混乱である。
「布団干しっぱなしだ・・・」
「冷蔵庫の中に作りかけのおかずが・・・」
「というか、これから長男の面倒は誰が見るんだ!?」
今となっては笑いのネタになるが、当時は本当に焦った。
病室で1人になると、長男のことが気がかりで仕方なかった。コロナ禍のこのご時世、家族ですら面会はできない。今まで母親にべったりだった3歳児が突然離ればなれになったらどうなってしまうのだろう。考えるだけで涙が出てきた。
結局長男は夫の実家でしばらく暮らすことになったが、ご飯もおやつも食べず、機嫌の悪い日が続いていると聞かされた。
そして、私は私で24時間点滴を繋がれ、歩行禁止の入院生活はとても辛いものだった。唯一の希望はお腹の赤ちゃんの成長だけだ。
それから1カ月半、幸いにして薬がよく効き、臨月を迎えたあたりで退院許可が下りた。外へ出ると、寒かった冬は終わり、暖かな春になっている。
この日、幼稚園から帰宅した長男は、1カ月半ぶりに私を見ると号泣しながら抱きついてきた。ぎゅっとつかむ手から伝わる「もうどこにも行かないで」という強い思いは、この先も一生忘れることはないだろう。