AGE

34

Autobiography

私の人生を変えたスイス旅行

 私には大切な思い出がある。それは、数年前のスイス旅行だ。当時の私は、仕事もプライベートもうまくいかず、生きる意味を見失っていた。ストレスで体調を崩し、体重は7kgも減ってしまった。自分の未来に絶望し、これからどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れていた。  そんな時ふと思い立って、仕事のお盆休みにスイスに一人旅をすることにした。スイスは、私の両親が新婚旅行で行った国。両親の思い出話を聞いて、「いつか行ってみたい!」と憧れていた国だった。    3日間という短い滞在時間だったが、とにかく素晴らしかった。地球にこんなにも美しい場所があったのかと、心が震えて涙が止まらなかった。澄んだ空気、青く透き通る湖、広大なアルプスの山々。天国ってこんなところなのかな、と思うほどに、優しくて美しい国だった。日本では見ることができない美しい風景と豊かな時間の流れに、傷つき疲れ果てた私の心は、一瞬にして癒されていったのだ。  「この美しい地球に生きているって、なんて素晴らしいんだ。」悲しみや絶望が吹き飛び、私の心は感謝の気持ちで満ち溢れた。  この旅行をきっかけに、私の人生観は大きく変わった。日常の些細なトラブルや仕事の成果などに、心が乱されることがなくなったのだ。だって、「生きているだけで、素晴らしい」のだから。すると不思議なことに、いろんなことがうまくいくようになってきた。あんなに嫌だった仕事も楽しくなってきて、新しい友人もでき、恋人もできた。悲しいことや厳しい状況に陥っても、自分の力で立ち上がることができるようになった。

ドラマの時期:
2018年
8月
13日
文字数:825
投稿時の年齢:30

初めてのバイオリン。

私がバイオリンを始めたのは24歳のとき。大人になってから始めた習い事だ。 幼い頃からクラシック音楽が大好きだった私は、いつしか自分でも楽器を奏でてみたいと思うようになった。ピアノを習ってみたいと思ってはいたが、少々厳しい家だったこともあり、両親には言い出せずにいた。 習い事ができないなら、吹奏楽部に入りたい!そう思っていたのだが、部活で帰宅が遅くなり、勉強ができなくなるという理由で親に反対され、憧れていた吹奏楽部への入部は叶わなかった。 社会人になってしばらくした頃、ふと子供のときに楽器に憧れていたことを思い出した。働き出した今なら、誰の目を気にすることもなく、自分のお金で習い事をすることができるではないか。そう気付いた私は、楽器を習ってみたいという幼き日の自分の夢を叶えることにした。 そのときに私が選んだ楽器が、バイオリンだった。学校の授業以外で初めて手にした、私だけの楽器。「勉強で忙しいから」「親が厳しいから」「お金がないから」。そんな理由で諦めていた夢を、とうとう自分の手で叶えることができたのだ。 買ったばかりのバイオリンケースを背負って、地下鉄に乗ったときのことは、今でも鮮明に覚えている。初めてランドセルを背負ったときのような、誇らしいような照れ臭いような気持ちになった。あのときの嬉しかった気持ちは、今でも忘れられない。 この日から、私のバイオリン修行が始まった。 仕事終わりに片道40分かけて、レッスンに通った。自宅では、指の動きや譜読みの練習も欠かせない。仕事に疲れていて、大変なこともあるけれど、楽しくて充実した時間だ。 楽譜を読みながら、左手で指板を抑え、右手で弓を弾く。感覚を研ぎ澄ませて、音と指先に集中する時間は、心地よい緊張感に包まれる。バイオリンに集中していると、心が癒され、頭がクリアになっていく。全身の細胞が喜んでいるようで、あぁ私はやっぱり音楽が好きなんだなぁと、改めて感じることができるのだ。 仕事に追われる、代わり映えのない毎日に、バイオリンは彩りを与えてくれた。あの時バイオリンを始める決断をして、本当によかったと思う。 引っ越しを機に、レッスンはやめてしまったけれど、今でもバイオリンは私の大切な相棒だ。

ドラマの時期:
2015年
10月
--日
文字数:1430
投稿時の年齢:31

コンプレックスを脱ぎ捨てた日。

私はずっと、自分のルックスにコンプレックスを持っていた。 一重まぶたで薄い顔だし、身長が低くて、洋服をおしゃれに着こなせない。 本当は、もっとおしゃれをしたいし、かわいくなりたいのに。 素敵な服を見つけても、 どうせ私には似合わないと諦めて、 着たいではなく、無難な服を選ぶ癖がついていた。 私は一重まぶたを隠すために、メガネをかけ、 低い身長をカバーするために、ヒールの高い靴を選んだ。 自分に自信がなかった私は、 少しでも自分のコンプレックスを隠そうとしていたのだ。 そんなあるとき、異性の友人にこんなことを言われた。 「自分は、一重まぶたの方が好きだな。 顔が優しいから、話しかけやすいし、 話下手な自分でも、緊張せずに自然体でいられるから。」 え、一重まぶたの方が好きな人なんて 存在するの!? これが、その時の私の正直な気持ちだ。 ファッション雑誌のモデルは、みんな二重まぶた。 テレビに出るアイドルも、クラスのかわいい友達も、 みんな二重まぶた。 それに見慣れていたために、 「かわいい人は、二重まぶた」=「一重まぶたは、かわいくない」 という根拠のない等式が、 気づかぬうちに私の無意識に染みついていたのだろう。 一重まぶたはかわいくないと思っていたのは、 他でもなく自分だったということに気がついた。 私はこのとき、心の氷が溶けるような気持ちがした。 友人は、それまでずっと自分の短所だと持っていた部分を、 私の長所だと言ってくれた。 私が勝手に自分の短所だと思っていただけで、 他の人から見れば、長所にもなりえるんだと、このとき初めて理解できたのだ。

ドラマの時期:
2013年
--月
--日
文字数:983
投稿時の年齢:31

ゲーテとの出会い

 私の人生を変えた本がある。 その本とは、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」である。  みなさんは、海外古典文学と聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。 「難しそう」「とっつきにくい」「読みずらい」。こういうイメージを持つ人が多いのではないだろうか。 かくいう私もその一人だった。 しかし、ゲーテと出会ってから、そのイメージは変わった。  ある日、祖父母の実家で遊んでいた時、ふと古い本棚が目に入った。その中に、ひときわ重厚な全集があるのに気がついた。黒い背表紙に金の文字で、「世界文学全集 ゲーテ」と書かれたその本を、私は手に取った。 暇つぶしにと思って読み始めたその本に、私はみるみる引き込まれ夢中になった。  主人公ウェルテルは、とても純粋で感性豊かな青年。 この物語では、彼の豊かな感性を通して、恋の喜びや苦しさが語られる。 ただそれだけの話なのに、、、。  かつて本を読んで、こんなに心が締め付けられたことはあっただろうか。  「若きウェルテルの悩み」のあらすじは、読む前から知っていた。 なのにどうして、こんなにも心が震えたのだろう、と当時の私は不思議に思っていた。  答えは明白で、「ウェルテル」の素晴らしさは、あらすじなどではなかったのだ。 言い表しづらいのだが、人の感情のゆらめきや、世界の切り取り方、豊かな心象風景など。 言葉ではないもの美しさに、私の心は揺さぶられていた。  それまでの私にとっての読書とは、ストーリーを味わったり、登場人物に憧れたりして楽しむものでしかなかった。 そんな私に、ゲーテはもっと豊かな文学の世界を見せてくれたのだ。

ドラマの時期:
2010年
--月
--日
文字数:944
投稿時の年齢:30

私の大学受験

 毎年、1月の受験シーズンになると、自分の大学受験の日のことを思い出す。私の大学受験は、いくつかの小さな奇跡が起こった、思い出深いものであった。  第一関門のセンター試験で、思うような点数が出なかった私は、志望校変更を余儀なくされた。悩んでいた私に、担任の先生がたまたま見つけてくれたのは、なんと母の母校の大学(しかも同じ学部)だった。詳細を見ていくと、私の興味関心にバッチリ合うではないか。よくもまあこんな学科があったものだ、と思わずにはいられないほどに、魅力的で私にピッタリだった。 それまで、全く視野に入れていない大学だったが、その大学への受験を決めた。思い返せば、これもたまたま偶然であり、奇跡的な出来事だった。   受験前日、母と二人で大学近くのホテルに泊まることに。土地勘のある母と一緒だったためか、受験前日にもかかわらず、リラックスして過ごすことができた。  この日の夜にも小さな奇跡が起きた。明日に備えて早めに眠った私の夢に、三年前に亡くなった曽祖母が出てきたのだ。曽祖母は教育をとても大切にしていた人で、「あなたの大学入学を祝うまで、生きていたいなぁ」というのが口癖だった。夢の中とはいえ、曽祖母に久しぶりに会えたのが嬉しくて、とても暖かい気持ちになったのを覚えている。  そして迎えた受験当日。「ひいばぁちゃんが夢に出てきたから、受かる気がする!」という根拠のない自信を胸に、歩いて会場にむかった。 大学の門の前には、緊張した面持ちの高校生、応援にきた教師、応援旗を持った予備校スタッフ、チラシを配る不動産スタッフなど、たくさんの人でごった返していた。それを見て、「これから受験なんだ」という思いが湧き上がってきて、私は一気に緊張してしまった。  そんな時、スーツの男性から声をかけられた。 「もしかして、〇〇高校?」 なんとその男性、私の高校の先輩だったのだ。受験までまだ時間があったので話し込んでいると、なんとさらにその男性、我が家が一家でお世話になっている歯科院の息子であることが判明。 思わぬ偶然の出会いに、緊張も一気にほぐれ、笑顔で受験会場に向かうことができた。  受験中にも奇跡は起きた。受験前日に、源氏物語を流し読みしていたのだが、ちょうど読んだところが試験に出たのだ。難しい内容ではあったが、前日に話の大筋を読んでいたため、落ち着いて解答することができた。  いろんな小さな奇跡のおかげもあって、無事に合格。とても楽しく充実した大学生活を送ることができた。  これが私の大学受験のストーリーである。

ドラマの時期:
2009年
--月
--日
文字数:1238
投稿時の年齢:30

高校時代の日記

私には、文字を書く習慣がある。 出かける時には必ずノートを持ち歩き、感じたことや考えたことを、書き留めている。 気づけばもう、10年以上続いている習慣だ。 私の文字を書く習慣は、高校生の時に始まった。 地元の進学校に進んだ私は、毎日26kmの自転車通学、8時間の授業、毎週のテスト、という少々過酷な高校生活を送っていた。それにもかかわらず、先生や友達に恵まれていたおかげもあって、過酷ながらも楽しく充実した毎日を過ごすことができた。友達に会いたくて、「夏休みが早く終わらないかな」と思っていたほどに、本当に毎日が楽しかった。 「こんなに楽しい日常を、大人になっても、ずっと忘れたくないな。」 そう思った当時の私は、毎日楽しかったことを日記に記すことにしたのだった。 日記のルールは一つだけ。 「楽しかったことだけを書くこと。」 休み時間に遊んだこと。 下校時間に友達が聞かせてくれた、おもしろい話。 文化祭の準備で、放課後遅くまで残って作業したこと。 甘酸っぱい恋のこと。 たくさんの忘れたくない思い出を、日記に綴っていた。 他愛もない話ばかりだが、今でも読み返すと当時の楽しかった気持ちが蘇ってくる。「わー懐かしいな」と思うことがあったり、「こんなことあったっけ??」と全然覚えていない話もあったりして、おもしろい。 どれも高校生の時の私が、大事にしていた思い出たちだ。

ドラマの時期:
2006年
--月
--日
文字数:907
投稿時の年齢:31
AGE

34

Autobiography

私の人生を変えたスイス旅行

 私には大切な思い出がある。それは、数年前のスイス旅行だ。当時の私は、仕事もプライベートもうまくいかず、生きる意味を見失っていた。ストレスで体調を崩し、体重は7kgも減ってしまった。自分の未来に絶望し、これからどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れていた。  そんな時ふと思い立って、仕事のお盆休みにスイスに一人旅をすることにした。スイスは、私の両親が新婚旅行で行った国。両親の思い出話を聞いて、「いつか行ってみたい!」と憧れていた国だった。    3日間という短い滞在時間だったが、とにかく素晴らしかった。地球にこんなにも美しい場所があったのかと、心が震えて涙が止まらなかった。澄んだ空気、青く透き通る湖、広大なアルプスの山々。天国ってこんなところなのかな、と思うほどに、優しくて美しい国だった。日本では見ることができない美しい風景と豊かな時間の流れに、傷つき疲れ果てた私の心は、一瞬にして癒されていったのだ。  「この美しい地球に生きているって、なんて素晴らしいんだ。」悲しみや絶望が吹き飛び、私の心は感謝の気持ちで満ち溢れた。  この旅行をきっかけに、私の人生観は大きく変わった。日常の些細なトラブルや仕事の成果などに、心が乱されることがなくなったのだ。だって、「生きているだけで、素晴らしい」のだから。すると不思議なことに、いろんなことがうまくいくようになってきた。あんなに嫌だった仕事も楽しくなってきて、新しい友人もでき、恋人もできた。悲しいことや厳しい状況に陥っても、自分の力で立ち上がることができるようになった。

主婦
投稿時の年齢:30
福岡
投稿日時:
2022年01月30日
ドラマの時期:
2018年
文字数:825

初めてのバイオリン。

私がバイオリンを始めたのは24歳のとき。大人になってから始めた習い事だ。 幼い頃からクラシック音楽が大好きだった私は、いつしか自分でも楽器を奏でてみたいと思うようになった。ピアノを習ってみたいと思ってはいたが、少々厳しい家だったこともあり、両親には言い出せずにいた。 習い事ができないなら、吹奏楽部に入りたい!そう思っていたのだが、部活で帰宅が遅くなり、勉強ができなくなるという理由で親に反対され、憧れていた吹奏楽部への入部は叶わなかった。 社会人になってしばらくした頃、ふと子供のときに楽器に憧れていたことを思い出した。働き出した今なら、誰の目を気にすることもなく、自分のお金で習い事をすることができるではないか。そう気付いた私は、楽器を習ってみたいという幼き日の自分の夢を叶えることにした。 そのときに私が選んだ楽器が、バイオリンだった。学校の授業以外で初めて手にした、私だけの楽器。「勉強で忙しいから」「親が厳しいから」「お金がないから」。そんな理由で諦めていた夢を、とうとう自分の手で叶えることができたのだ。 買ったばかりのバイオリンケースを背負って、地下鉄に乗ったときのことは、今でも鮮明に覚えている。初めてランドセルを背負ったときのような、誇らしいような照れ臭いような気持ちになった。あのときの嬉しかった気持ちは、今でも忘れられない。 この日から、私のバイオリン修行が始まった。 仕事終わりに片道40分かけて、レッスンに通った。自宅では、指の動きや譜読みの練習も欠かせない。仕事に疲れていて、大変なこともあるけれど、楽しくて充実した時間だ。 楽譜を読みながら、左手で指板を抑え、右手で弓を弾く。感覚を研ぎ澄ませて、音と指先に集中する時間は、心地よい緊張感に包まれる。バイオリンに集中していると、心が癒され、頭がクリアになっていく。全身の細胞が喜んでいるようで、あぁ私はやっぱり音楽が好きなんだなぁと、改めて感じることができるのだ。 仕事に追われる、代わり映えのない毎日に、バイオリンは彩りを与えてくれた。あの時バイオリンを始める決断をして、本当によかったと思う。 引っ越しを機に、レッスンはやめてしまったけれど、今でもバイオリンは私の大切な相棒だ。

主婦
投稿時の年齢:31
福岡
投稿日時:
2022年03月13日
ドラマの時期:
2015年
--日
文字数:1430

コンプレックスを脱ぎ捨てた日。

私はずっと、自分のルックスにコンプレックスを持っていた。 一重まぶたで薄い顔だし、身長が低くて、洋服をおしゃれに着こなせない。 本当は、もっとおしゃれをしたいし、かわいくなりたいのに。 素敵な服を見つけても、 どうせ私には似合わないと諦めて、 着たいではなく、無難な服を選ぶ癖がついていた。 私は一重まぶたを隠すために、メガネをかけ、 低い身長をカバーするために、ヒールの高い靴を選んだ。 自分に自信がなかった私は、 少しでも自分のコンプレックスを隠そうとしていたのだ。 そんなあるとき、異性の友人にこんなことを言われた。 「自分は、一重まぶたの方が好きだな。 顔が優しいから、話しかけやすいし、 話下手な自分でも、緊張せずに自然体でいられるから。」 え、一重まぶたの方が好きな人なんて 存在するの!? これが、その時の私の正直な気持ちだ。 ファッション雑誌のモデルは、みんな二重まぶた。 テレビに出るアイドルも、クラスのかわいい友達も、 みんな二重まぶた。 それに見慣れていたために、 「かわいい人は、二重まぶた」=「一重まぶたは、かわいくない」 という根拠のない等式が、 気づかぬうちに私の無意識に染みついていたのだろう。 一重まぶたはかわいくないと思っていたのは、 他でもなく自分だったということに気がついた。 私はこのとき、心の氷が溶けるような気持ちがした。 友人は、それまでずっと自分の短所だと持っていた部分を、 私の長所だと言ってくれた。 私が勝手に自分の短所だと思っていただけで、 他の人から見れば、長所にもなりえるんだと、このとき初めて理解できたのだ。

主婦
投稿時の年齢:31
福岡
投稿日時:
2022年03月04日
ドラマの時期:
2013年
--月
--日
文字数:983

ゲーテとの出会い

 私の人生を変えた本がある。 その本とは、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」である。  みなさんは、海外古典文学と聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。 「難しそう」「とっつきにくい」「読みずらい」。こういうイメージを持つ人が多いのではないだろうか。 かくいう私もその一人だった。 しかし、ゲーテと出会ってから、そのイメージは変わった。  ある日、祖父母の実家で遊んでいた時、ふと古い本棚が目に入った。その中に、ひときわ重厚な全集があるのに気がついた。黒い背表紙に金の文字で、「世界文学全集 ゲーテ」と書かれたその本を、私は手に取った。 暇つぶしにと思って読み始めたその本に、私はみるみる引き込まれ夢中になった。  主人公ウェルテルは、とても純粋で感性豊かな青年。 この物語では、彼の豊かな感性を通して、恋の喜びや苦しさが語られる。 ただそれだけの話なのに、、、。  かつて本を読んで、こんなに心が締め付けられたことはあっただろうか。  「若きウェルテルの悩み」のあらすじは、読む前から知っていた。 なのにどうして、こんなにも心が震えたのだろう、と当時の私は不思議に思っていた。  答えは明白で、「ウェルテル」の素晴らしさは、あらすじなどではなかったのだ。 言い表しづらいのだが、人の感情のゆらめきや、世界の切り取り方、豊かな心象風景など。 言葉ではないもの美しさに、私の心は揺さぶられていた。  それまでの私にとっての読書とは、ストーリーを味わったり、登場人物に憧れたりして楽しむものでしかなかった。 そんな私に、ゲーテはもっと豊かな文学の世界を見せてくれたのだ。

主婦
投稿時の年齢:30
福岡
投稿日時:
2022年02月04日
ドラマの時期:
2010年
--月
--日
文字数:944

私の大学受験

 毎年、1月の受験シーズンになると、自分の大学受験の日のことを思い出す。私の大学受験は、いくつかの小さな奇跡が起こった、思い出深いものであった。  第一関門のセンター試験で、思うような点数が出なかった私は、志望校変更を余儀なくされた。悩んでいた私に、担任の先生がたまたま見つけてくれたのは、なんと母の母校の大学(しかも同じ学部)だった。詳細を見ていくと、私の興味関心にバッチリ合うではないか。よくもまあこんな学科があったものだ、と思わずにはいられないほどに、魅力的で私にピッタリだった。 それまで、全く視野に入れていない大学だったが、その大学への受験を決めた。思い返せば、これもたまたま偶然であり、奇跡的な出来事だった。   受験前日、母と二人で大学近くのホテルに泊まることに。土地勘のある母と一緒だったためか、受験前日にもかかわらず、リラックスして過ごすことができた。  この日の夜にも小さな奇跡が起きた。明日に備えて早めに眠った私の夢に、三年前に亡くなった曽祖母が出てきたのだ。曽祖母は教育をとても大切にしていた人で、「あなたの大学入学を祝うまで、生きていたいなぁ」というのが口癖だった。夢の中とはいえ、曽祖母に久しぶりに会えたのが嬉しくて、とても暖かい気持ちになったのを覚えている。  そして迎えた受験当日。「ひいばぁちゃんが夢に出てきたから、受かる気がする!」という根拠のない自信を胸に、歩いて会場にむかった。 大学の門の前には、緊張した面持ちの高校生、応援にきた教師、応援旗を持った予備校スタッフ、チラシを配る不動産スタッフなど、たくさんの人でごった返していた。それを見て、「これから受験なんだ」という思いが湧き上がってきて、私は一気に緊張してしまった。  そんな時、スーツの男性から声をかけられた。 「もしかして、〇〇高校?」 なんとその男性、私の高校の先輩だったのだ。受験までまだ時間があったので話し込んでいると、なんとさらにその男性、我が家が一家でお世話になっている歯科院の息子であることが判明。 思わぬ偶然の出会いに、緊張も一気にほぐれ、笑顔で受験会場に向かうことができた。  受験中にも奇跡は起きた。受験前日に、源氏物語を流し読みしていたのだが、ちょうど読んだところが試験に出たのだ。難しい内容ではあったが、前日に話の大筋を読んでいたため、落ち着いて解答することができた。  いろんな小さな奇跡のおかげもあって、無事に合格。とても楽しく充実した大学生活を送ることができた。  これが私の大学受験のストーリーである。

主婦
投稿時の年齢:30
福岡
投稿日時:
2022年02月03日
ドラマの時期:
2009年
--月
--日
文字数:1238

高校時代の日記

私には、文字を書く習慣がある。 出かける時には必ずノートを持ち歩き、感じたことや考えたことを、書き留めている。 気づけばもう、10年以上続いている習慣だ。 私の文字を書く習慣は、高校生の時に始まった。 地元の進学校に進んだ私は、毎日26kmの自転車通学、8時間の授業、毎週のテスト、という少々過酷な高校生活を送っていた。それにもかかわらず、先生や友達に恵まれていたおかげもあって、過酷ながらも楽しく充実した毎日を過ごすことができた。友達に会いたくて、「夏休みが早く終わらないかな」と思っていたほどに、本当に毎日が楽しかった。 「こんなに楽しい日常を、大人になっても、ずっと忘れたくないな。」 そう思った当時の私は、毎日楽しかったことを日記に記すことにしたのだった。 日記のルールは一つだけ。 「楽しかったことだけを書くこと。」 休み時間に遊んだこと。 下校時間に友達が聞かせてくれた、おもしろい話。 文化祭の準備で、放課後遅くまで残って作業したこと。 甘酸っぱい恋のこと。 たくさんの忘れたくない思い出を、日記に綴っていた。 他愛もない話ばかりだが、今でも読み返すと当時の楽しかった気持ちが蘇ってくる。「わー懐かしいな」と思うことがあったり、「こんなことあったっけ??」と全然覚えていない話もあったりして、おもしろい。 どれも高校生の時の私が、大事にしていた思い出たちだ。

主婦
投稿時の年齢:31
福岡
投稿日時:
2022年02月16日
ドラマの時期:
2006年
--月
--日
文字数:907